正和

特異的な難病により、
幼少期の大半を函館の医療施設で過ごす。
学生時代、数バンドの”ドラム”を、
担当しながらも、アコースティックギターを握り、
自作の曲を作り始める。
バンド全盛の中、とある雑誌の記事に触発され、
当時皆無に等しかった路上での、
ライブ活動をスタート。
ティーンズや高校生音楽祭、バンドメインの
ライブ等にも単独出場。
函館、苫小牧、札幌の繁華街、観光地などを主に、
ゲリラ的にストリートライブを決行。
路上での演奏がひとつの、”文化”になる以前、
まだ理解に乏しかった時代。
度々、警察や輩とのゴタゴタに、見舞われたものの、
耳を傾けてくれる人も中には居て、
そういった場面や、見知らぬ人との、
出会いを励みにしながら貫いた。

ライブ活動と平行して、制作していたデモを聴いた、
某メジャーのDからデビュー話があり仮契約。
レコーディングに向け、
曲作りと稽古に更に奮闘していた矢先、
受け入れ先事務所が事実上の倒産。迷走。
細々と曲作りは続けるものの、
何を歌にしていいのか解らなくなりスランプ。
音楽に対して楽しさを見出せぬまま、
模索する日々が続いた。

数年間の紆余曲折、開店休業期間を経て、
様々な方面からの激励もあり、
01年から再び音楽活動の再開を宣誓する。
アーティスト名称を本名から、
「正和」に改め、独特な音楽性と、
非常に興味深い世界観を新たに開拓。
活動再開後、構想から制作に至るまで、
一年以上にも及んだ、
”魂心の処女作”とも云える、
そのセルフプロデュースCDアルバムは、
周囲の予想に反し、
インターネット、ストリートライブ等で、
計1200枚を完売する驚愕の結果となった。
直後、メジャーレコード会社2社から、
手厚いオファーを受け、数回懇談するが、
最終的に納得が出来ず自ら全てを蹴る事になる。
1社とは待ち合わせさえも無視し、
後に大喧嘩となった逸話もある。

同じ頃、自身のオリジナルレーベルでもある、
「CARAMEL-LABEL」を正式に立上げ、
数アーティストを輩出。
又、オリジナルファッションブランドの提案など、
多方面において、その独自性プロデュース力を発揮。
正に、”DON’T STOP” 
その言葉通りクリエイティブな才能と行動力は、
時に音楽の枠をも超越する、
異彩に満ちた”マルチアーティスト”である。

キャラメルレーベル エグゼクティブディレクター 波瀬圭一
 


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